多発性骨髄腫コミュニティへの感謝

マイケル・チューイさんとロビン・チューイさん夫妻は、“自ら舵を取って”病気と向き合えるよう力づけています。

2017.12.06   |   17:00 JST

マイケル・チューイさんは2000年に多発性骨髄腫の診断を受けました。その時、彼の脳裏を唯一よぎったことは、当時7歳の娘アリーちゃんとバージンロードを歩くまで、そして2歳の息子マイキーくんが大学を卒業するまでは生きたいという強い思いでした。当時、多発性骨髄腫の患者さんの5年生存率はわずか35%でした。しかし、17年後の今、マイケルさんの願いは現実になろうとしています。娘さんは来年結婚を予定しており、息子さんは大学1年生になって生体分子科学を専攻しています。

多発性骨髄腫と診断されて以来、マイケルさんと妻のロビンさんは治療と支援に対する様々な進歩を目の当たりにしてきました。2017年の米国血液学会(ASH)年次総会において、夫妻はこれまでに学んだことを多くの人々に伝えることで、多発性骨髄腫の関連団体からの受けた支援に恩返ししようとしているのです。

マイケルさんが診断を受けてからの17年間で、どのような変化がありましたか。

ロビン:夫のマイケルが診断を受けた当時、治療選択肢は限られていました。今では非常に多くの治療選択肢があります。患者さんは医師に、自分にとって最良の治療法は何かということをすすんで相談すべきだと思います。体調の管理、そしてあらゆる検査を受けることも強くお勧めしたいですね。体調を良好に保つことが重要なんです。良好な状態を保ち、多発性骨髄腫以外についてしっかりと自己管理している限り、現在ある治療選択肢は将来の希望につながります。治療の選択に不安を抱いてはいけません。

マイケル:私たちはこの数年、米国血液学会年次総会に参加していますが、最近では立ち見席にしか入れない状態です。プレゼンテーション会場には最新の開発について知りたいと何千人もの参加者が詰めかけています。非常に驚くべき状況ですが、多発性骨髄腫の将来には大いに希望が持てます。

マイケル・チューイさんは、多発性骨髄腫の診断以来、妻のロビンさんを伴って米国血液学会に参加し、最新の治療について学ぶとともに、他の患者さんとの情報交換を行ってきました。

多発性骨髄腫の団体にはどのような経緯で参加するようになったのですか。

マイケル:私が診断を受けた後、二人で最善の情報源を徹底的に探し、国際骨髄腫財団(International Myeloma Foundation:IMF)のウェブサイトにたどり着きました。ジェラルディン・フェラーロさんが自らの多発性骨髄腫を公表した直後のことでした。IMFは、患者さんに対して、多発性骨髄腫との闘いおよび研究助成の重要性について連邦議会に手紙を書くように求めていました。そして、IMFの創設者であるスージー・ノービス・デューリーさんが私たちの手紙を読み、ワシントンで自分たちの状況を語るようにと依頼してきたのです。二人でワシントンに行きました。そのとき、私たちはほかの多発性骨髄腫患者さんと初めて顔を合わせました。私は、それまでの約6ヵ月間、ほかの患者さんと会ったことがなかったんです。私たちはIMFから大いに力づけられてきましたが、今度は、ほかの多発性骨髄腫の患者さんやご家族のために自分たちが立ち上がる時だと決意したのです。

お二人が多発性骨髄腫支援グループを立ち上げた理由をお聞かせください。

ロビン:コネチカット州には多発性骨髄腫支援グループがなかったので、スージーさんから支援グループを始めてみては、と提案されたんです。私たちは何もせずに愚痴をこぼしているタイプの人間ではありません。そこで、私たちの組織、すなわち、「コネチカット州多発性骨髄腫と闘う人々の情報グループ」(Connecticut Multiple Myeloma Fighters’ Information Group)では、多発性骨髄腫の患者さんと介護する方へのサポートを通じて、情報に基づいて医師と充実した話し合いができるようにすること、そして、治療、副作用、臨床試験のほか、骨髄腫の専門家に意見を求めることの重要性を学べるようにすることを活動の重点にすることに決めました。

私は2005年にIMFに職を得て、拡大し続けるIMFの支援グループのプログラムに参加しました。現在では、全米で150、全世界で300を超える骨髄腫専門組織のネットワークがあります。IMFには、特に地域レベルでの支援や情報共有を目的としたプログラムが多数あります。IMFは、これらの組織の熱心な取り組みを奨励していて、年1回のサミットを開催して支援組織のリーダーに対してサポートやトレーニング、激励の機会を設けています。

夫のマイケルが診断を受けた当時、
治療選択肢は限られていました。
今では非常に多くの治療選択肢があります。
患者さんは医師に、自分にとって最良の治療法は何か
ということをすすんで相談すべきだと思います。

支援グループは、新しい多発性骨髄腫患者さんに対してどのような支援をしていますか。

マイケル:患者さんにはまず、多発性骨髄腫の専門医の診察を受けてくださいと話しています。一方、地域のがん専門医は多様ながんの治療に取り組んでいます。だから、かかりつけの地域のがん専門医と骨髄腫専門医が協力できる体制を作りなさいと言っています。骨髄腫ががん全体に占める割合は1%に過ぎず、骨髄腫は患者さん一人ひとりで非常に異なる疾患です。したがって、ある患者さんに効いた治療が他の患者さんにも効果があるとは限りません。万一、自宅近くで入院が必要になった場合に備えて、血液検査を行うことができ、病歴を熟知している地域のがん専門医はやはり必要です。その一方で、臨床試験を実施し、最新の治療や研究について理解している多発性骨髄腫の専門医も不可欠です。従って、多発性骨髄腫の専門医、地域のがん専門医、その他の医療従事者の間に協力関係を作ることが求められます。さまざまな関係者が1人の患者さんのために力を尽くします。これに対して、患者さんは多数の乗組員を指揮する船長のように全体を調整する必要があります。

多発性骨髄腫のサバイバーであるマイケル・チューイさん(左から2番目)とその妻ロビンさん(右端)は現在、子供の成長を見届けながら生きる喜びを実感しています。娘のアリーさん(右から2番目)は大学卒業後、小学校教師としてキャリアをスタートさせました。一方、息子のマイキーさん(左端)は大学に入学し、生体分子科学を専攻しています。

多発性骨髄腫とともに生きるうえで、どのような姿勢が良い影響を生んだと思いますか。

ロビン:私たちは不安な気持ちで結果を待つことだけはしませんでした。常にポジティブに物事に取り組んできました。医師を信頼すること、そして医師と一緒に決めた治療に対して自信を持つことが必要です。知識は力です。患者さんは、医師ときちんと話し合い、常に治療に参加できるように、できる限り多くの知識を吸収すべきです。

コミュニティに対して、他にどのような形で報いようとお考えですか。

ロビン:私たち家族全員で、多発性骨髄腫研究に対する資金調達、米国食品医薬品局による新薬承認及びoral parity lawの支持活動に積極的に参加しています。この法案は、投与方法にかかわらず、抗がん治療に対して保険の補償が等しく受けられるように推進するものです。マイケルは一時、経口治療を受けていたので、そのメリットを強く実感しています。彼の場合、在宅で薬を服用し、日常生活を前向きに送ることができました。

多発性骨髄腫とともに生きる生活の中で新たな希望の光となったのは、私たちの子供が支援者になり、社会に貢献している姿を見られたことです。大変感謝しています。息子のマイキーは生体分子科学を学ぶ大学1年生になりました。そして、娘は小学校の教師を務めています。

 

この資料は、セルジーン社のホームページを日本語に翻訳(要約)、編集したものです。
英語版はhttps://www.celgene.com/をご参照下さい。